子どもの気持ちを決めつけないで

前回につづき、親は「子どもはこうに決まっている」と勝手に解釈する例をお話しましょう。

ある人の5~6歳のときの体験です。その夜はいつも一緒のお姉ちゃんがお友達のところに泊まりに行っていて留守でした。夜、お父さんとお母さんが寝ている彼女を一人おいて外出してしまい、深夜まで帰宅しませんでした。目が覚めたら家のなかにはだれもおらず、彼女はこわくなって泣き出しました。どんなに泣いてわめいていても誰も来てくれないので、おびえて、ただただ泣いていたら、お母さんたちが帰ってきました。
玄関の外にも大泣きしている声が聞こえていたので、お母さんが「こんなに大泣きして、ばかだねえ。帰ってくることはわかってるでしょう」と叱ったのです。

子どもは〝親に見捨てられた″と思っておびえていたのです。特に暗い夜は子どもにとって不安なときなのです。しかし、親は外出したからといって子どもを捨てるつもりはないからそんな風に子どもが感じているとは全く思っていません。

子どもが近所に聞こえるくらいの大泣きを聞いて恥ずかしい思いをしたので
「お母さん、恥ずかしかったよ。こんなに大泣きするから、駅のあたりまで聞こえたよ」
とまで言ったのです。

彼女は、お母さんには自分の気持ちはわかってもらえないとあきらめたけれど、怒りがおさまらないでいました。
頭では「お父さんもお母さんも自分のために一生懸命仕事をしてくれている、だから私は幸せなんだ」と自分に言い聞かせて信じて生きてきたので、自分がどれだけ傷ついているかに長い間気づかないでいたのです。

このように、親が〝子どもは些細なことでも不安や恐怖を感じて固まったり、パニックになる“ということに気づかないまま、叱ったり、はぐらかしたり、バカにしたり、茶化したりしがちです。
これをされてしまうと、子どもは「自分の気持ちを出すことは危険なことだ」と思い、隠し、誰とも気持ちを分かち合えなくなります。そして、居場所がない感じがしてしまうのです。
愛されている実感がなく、だから生きている実感もなくなってしまう。誰も守ってくれないと思うから、自分でなんとかしないといけないと思う。
だからささいなことでも恐怖や不安が暴走してしまう。
その結果、落ち着きがなく、多動になりやすくなるのです。多動は極度に不安だから起こるのです。

(田中万里子「子どもの心育てワークショップ」より)