幼少期のさまざまな体験、とくにその時点の自分にとって混乱したり、
衝撃的で情動が強く動いた体験はその人の心の成長をさまたげ、
大人になっても影響しつづけます。
ごく日常的な体験でも、未消化の情動記憶が残ることがあります
人の情動が強く動き、その情動が未消化なまま残るとその状況と身体の状態のセットができ、その出来事は忘れていても、似た状況に置かれたときにそのときの恐怖や不快感が潜在的に蘇り、後の人生まで影響し続けることを「トラウマ」といいます。
「トラウマ」というと、交通事故や殺人、傷害、天災、火事、性的な虐待、戦争などの出来事をイメージする方が多いと思います。
しかし、必ずしもこのような悲惨な、非日常的な出来事だけではなく、日常的なささいなことも“人生のブレーキ”ともいえる、個人的な問題の原因になることがしばしばあります。たとえば、子どもの頃の次のような体験は、脳が発育途上の子どもにとっては情動が強く動かされる衝撃体験なので記憶に深く残り、後の人生に影響をしつづけます。クライエントの問題の根本原因を探っていくとしばしばこのような幼少期の日常的な出来事で作られた衝撃的な体験の記憶にたどりつきます。
こんな日常的な出来事からもトラウマはつくられる
- 両親のひどい夫婦喧嘩や暴力
- 昼寝から目を覚ましたら、親が家におらずパニックになった
- きょうだいが生まれ、両親の関心が一気に赤ちゃんの方に向いてしまった
- 「女の子だから」とチャンスを奪われた
- 「男の子はメソメソするな」と感情表現を閉ざされた
- 周囲の大人に「どうしてこんな簡単なことがわからないの」と責められた
「トラウマ」は、胎児期にもつくられる
トラウマがつくられるのは、乳幼児だけではありません。「胎児」、つまり母親のおなかにいる赤ちゃんにも、トラウマがつくられる可能性があると考えられています。
長い間「生後1か月までの赤ちゃんは内臓と神経の塊にすぎない」とされ、胎内記憶の存在はわかっていませんでした。しかし現在は、人間は受胎後どの時点にも「記憶」があり、おなかの赤ちゃんは母親の皮膚を通じて外界の音を聞き、血液やホルモンを通じて母親の感情をキャッチしていると考えられています。穏やかな安定した気分も不安や憂うつのような気分もおなかの赤ちゃんに伝わり良きにつけ悪しきにつけ影響を与えます。(胎内記憶について詳しく知りたい方には、トマス・バーニー MDや池川明先生の著書が参考になります)
「トラウマ」は人生にどのように影響するのか?
では、子ども時代に受けたトラウマの影響について、私たちの記憶のしくみからもう少し詳しく説明しましょう。
1.衝撃体験によりトラウマが作られると…
衝撃体験時につくられた「状況」と「体の状態(情動反応)」のセットの記憶が後の人生にまで影響し続けます。胎児期はもちろん、乳幼児期も脳が発達途上にあるので、自分に起こった出来事がよく理解できず、簡単に圧倒され固まって動きが取れなくなってしまいます。
その「固まった」ことが長く記憶として残るとそれが影響をおよぼすのです。
親やまわりの大人に「不安だったんだね」「つらかったね」「こわかったね」などと共感されたり、ある程度の年齢の子どもであれば、なぜこのことが起こったのか、わかるように説明してもらうなど適切に対応されれば「固まり」は解けて影響は残りません。しかし多くの場合、その原因を作った親や大人たちは、子どもの心と身体に起こっていることに気づいていません。そのまま時間が過ぎると、その記憶は凍結したまま残り、自分にも理由がよくわからない問題行動を起こし、自己否定感や無力感が大きく根を張っていくのです。
2.衝撃体験時と似た状況が起こると…
凍結された衝撃体験時の記憶は、それが意識に残っていなくても長年生き続けます。そして、後に、その衝撃体験と似た状況に遭遇すると、瞬時に体の状態や感情(圧倒、恐怖、興奮、固まるなど)が再現されます。そして、本人も理由がよくわからないうちに過剰反応―――その場の状況に似つかわしくない反応が起こり、大人げない行動をとったり、体が動かない、どうしてもできない、ということが起こります。それが、「しようと思ってもできない」「やるまいと思っていることをしてしまう」という状況です。
過剰反応の例
- 父と声や外見が似ている上司が何となく苦手でつい避けてしまう
- 子どもに勉強を教えているとき、なかなか理解できない子どもに手が出てしまう
- 不機嫌な人がいると何とかしたくなりご機嫌取りをしてしまう
- 失敗をするのが怖くていつも緊張している
- 人が自分の思い通りに動かないとイラッとする
- 期待されたり頼まれたりすると断れず、無理をしてしまう
3.人生にブレーキをかけるトラウマ
心と体がブレーキを踏み続ける…それは、幼少期に受けた圧倒された体験を通じて刻み込まれた危険回避の本能的な反応なのですが、その後も無力感や「自分はダメだ」「わかってもらえない」「愛される価値がない」などといった否定的な信じ込みとなって残り、“人生のブレーキ”としてその人の能力や才能の発揮の邪魔をし続けます。