目次

第1回 ソーシャルワーカーとしての日々

第2回 仙台で初めての講座を開く

第3回 大学教授になる

第4回 心と身体の関係

 

第4回 心と身体の関係

 

 

心理療法POMR

 
 
1999年サンフランシスコ州立大学カウンセリング学科教授を退官しました。
 
 
田中
自分で開発した独自の心理療法を広めようと決めたのです。そのために本を出版する必要があると考え、教鞭をとっていたときに使っていた原案のテキストをもとに2003年に、「POMR理論と実践~トラウマの解消と自己実現のプロセス」(春秋社刊。現在は絶版)を出版しました。POMRはProcess Oriented Memory Resolutionの略で、「クライアントから流れてくるコミュニケーションのプロセスを追って記憶を解消する方法」です。
本として発表したのは2003年ですが、1998年頃にはベースはできていて、テキストとして講義に使っていました。日本でも教え始めていました。POMRをひと言で言えば、とにかく人のプロセスを追って話を聞くことです。そのプロセスもただ言葉だけではなくて、クライエントの全体を見て理解すること…急に声が出なくなったとか、急に動きが激しくなったとか、声の高さが変わるとか、急に何かもじもじしだしたとかを全部含めて、その人から流れてくる情報を拾うように努めるということを皆さんに教え始めていました。
 
 
本には「ただひたすらに、クライアントの心身の癒しを求め(中略)、私が関わってきた多種多様な文化にある学べる限りの哲学、武道、宗教、そして心理療法等を統合した結果、気がついたときにはトランスパーソナルな観点に立つPOMRが開発されていたのです」と書かれています。
 
 
田中
私の大きな関心はどうやって目の前の問題を解決するかということでしたので、習った方法は全部試し、うまくいけばまた使ってみる。反対にあまり効果がないと思ったら、その方法は使わないというような消去法でやっていったわけです。
それと同時に、脳科学の発達による新しい知識をどこで使えるか、自分でも考えたし、仲間とも盛んに議論していました。とにかく使えるものは全部使うわけです。
 
 
 

催眠療法からの学び

 
 
催眠療法との出会いはどのようなきっかけだったのですか。
 
 
田中
実は私がまだ中学生のころから心と身体の関係に興味を持っていました。母は頭痛もちで、しょっちゅう頭痛で寝込んでいました。私は小さいときから大叔母に指圧を習っていたので、母の頭痛を治すことができたのです。1時間くらいもみほぐしてあげると母は「すごく気持ちよくなった。ありがとう」と言ってくれるのですが、ものの15分から30分でまた同じように具合が悪くなるのです。首がこる、心臓がどきどきするといった体感が出てくるのは、絶対に何か心理的な原因があると思いました。そもそも心理学の勉強をしたいという気持ちになったのもそれがきっかけだったのです。
その後心理学を本格的に学ぶようになりましたが、残念ながら当時の西洋の理論にはマインドとボディの関係を説くものほとんどありませんでした。
ところが、たまたま娘を診てくれていた小児科医Dr.バウマンが、有名な催眠療法家Dr.ミルトン・エリクソンのお弟子さんで、「催眠療法ではマインドとボディ両方扱うから、一緒に研究に参加しないか」と私を誘ってくださいました。
 
 
 

身体のなかに記憶が詰まっている

 
 
田中
いっしょに催眠療法を学んだ仲間のなかでも、特に強烈な印象が残っているのは婦人科医のDr.チーク先生です。
私の娘が大学生のころ、体のこりがひどくて体調がすぐれない日が続きました。たまたま娘といっしょにチーク先生のご自宅に行きその話をしていたら、「万里子、私はちょっと娘さんの話を聞いてあげるから席を外してくれ」と言われました。30分ぐらいして戻ると、先生は「彼女は今、生まれ直しをしたからね」と言うのです。チーク先生によると、娘は自分がどうやって産道をくぐり抜けてきたかを覚えていたそうです。
娘を産んだとき、ひどい難産で、胎盤剥離も起こりそうになって陣痛促進剤をバンバン打たれ、産婦人科医が娘をひっぱり出して生まれたのです。娘がようやく生まれたときには私は疲れ切ってへろへろで、「ああよかった」と思うだけで赤ちゃんに「こんにちは」をする余裕もない状態でした。それをすべて娘は記憶しており、それがトラウマになって体のこりや体調不良として表出されていたのです。
人の身体のなかにはこうした記憶が詰まっていて、体が覚えていてトラウマとなっている。これは大変なことだと衝撃を受けました。

催眠療法からの学びは多く、セラピーのときにクライアントがリラックスして過去に行けるようなペースでお話しすることや、クライアントのお話をできるだけ操作的にではなく聞きその話を深めることにも役立ちました。
催眠療法でいうトランス状態にならないと、私たちはその人の過去にアクセスできませんので、その意味でPOMRは催眠療法を応用したものです。催眠を操作的に使う場合もたまにありますが、普通にお話しているうちにその人が自然にトランス状態に入っていく場合がほとんどです。
クライエントが過去の状態を取り戻すと再編成が可能になります。私がトラウマと呼んでいる過去の記憶の再編成を促すには、どうやってクライエントがトランス状態に自然に入っていって、自分自身でその中で再編成できるようお手伝いをするかが課題になるわけです。
 
 
田中
 
 
 

人は全身でコミュニケーションしている

 
 
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POMRがつくられる過程のなかには、1984年に「プロセス思考心理学(POP)」を提唱されたアーノルド・ミンデル博士との出会いもあったそうですね。
 
 
田中
ミンデル博士はユング派の心理学者で「無意識のものを意識化にする」点を重視しました。私とは方法論は違いますが、大事なことを教えられました。
ミンデル博士のやり方は、たとえば足が動いたことに気がつくと、「その足が何を言っているか調べましょう、もっと大きく動かしてください」と促すと、クライアントの気持ちがばんと出てくるときもあるわけです。「ああ私、いらいらしていたんだ」って気がついたとします。すると、「何がそんなにいらいらさせたんだろう、自分のどういうニーズが満たされなかったんだろう」と自分でどんどん調べていけるようになります。クライアントの声が急に小さくなったら、「もっと小さくしゃべってみて」とかね。自分のニーズが明らかになりニーズを満たせる方向に行くと、その人は落ち着きますので、何が起こっていたのかを調べます。しかし、これは本当にクライアントとセラピスト、二人の息が合っていないとできないのです。
でも、ミンデル博士はマインドとボディとの関係を追究していたので、小さな動きと感情に密接に関係があること、人を見る目を育てることの大切さを教えられました。

良いセラピーをするためには、探偵のようにならなければいけません。ただ漠然と聞いていてはだめで、常に人を見ていることが大事だということです。
特に私が強い影響を受けたのは、彼の「Coma」という著書でした。Comaとはcomatose states(昏睡状態)という意味です。そこに死期の近い昏睡状態の患者さんとのワークが紹介されていました。
ミンデル博士が患者さんと呼吸を合わせながら呼びかけて、「〇〇さーん、聞こえますか?聞こえたら手をちょっと握って教えてください」とか、「何かシグナルください」と伝えてじっと見ているわけです。すると「今、あなたの右のまぶたが動きました。それを僕はシグナルとしてとっていいですか。あ、また動きましたね。じゃあ、それをイエス・シグナルとしますよ」というふうにイエス・ノーだけのシグナルで、さまざまな質問をしながら患者さんを深いところに連れて行きます。次第に患者さんがしっかりシグナルを出すようになって、やがて言葉が出てきて、昏睡状態から戻ってきたのです。

私たちは耳に聞こえてくる音を初め明らかに伝わるシグナルに対しては注目しても、微量、微細なシグナルを目にとめないことが多いものです。でも、昏睡状態の人が出すミニマムのシグナルでもコミュニケーションできるのです。人は体を全部使ってコミュニケートしているのだという意識を持つ。セラピストにとってこれほど大事なことはないと教えられました。
 
 

(次回に続きます)