いっしょにいても、子どもはひとりぼっち

30代女性のAさんは、自分は人と交わることが苦手だし、「本当にここにいてもよいのか」と常に不安に感じるという悩みを持って相談に来られました。

「私の母は専業主婦で家にいてくれましたが、いつも忙しそうに掃除をしたり、洗濯をしていました。小さかったとき、母が少しの間でも自分と遊んでくれることをひそかに願い、おもちゃや本を持ち出してみたりすると『片付けたばっかりなのに、またちらかして』と叱られたり、ため息をつかれたりしたので、母に嫌われないように、とても気をつかっていました。そして、母に相手をしてもらえない寂しさをまぎらわすために外でぼんやりと日なたぼっこをしたり、家の後ろに流れていた小川をみつめながら空想の世界に浸ることで時間を過ごしてきました。みんながそろう夕食の時でも、年の離れた兄と姉からはまったく相手にされず、家族の会話から締め出されたような感じで、みんなと一緒にいても、本当に孤独でした」と話してくださいました。

Aさんが幼少期を通して体験したのは近接分離(Proximate Separation)という現象です。近接分離は、物理的には近くにいるのに情緒的に離れていることを言います。 カナダの医師、ガポール・マテによると、近接分離は 「親の愛情が欠けているとか親子が物理的に離れているというとかいう話ではなく、子どもの中に、見守られている、理解されている、共感されている、感情的に“わかって”もらっているという認識がないということである。近接分離は、親にストレスがあって子どものとのふれあいができず、親子間に同調が欠けているときに起こる」と説明しています*。

たとえば、親が自分の抱えているストレスのために子どもの気持ちを受け止めることができなかったり、自分のしなければならない仕事や家事で忙しくてそばにいる子どもに関心を向けることができなかったり、または大人同士の会話に熱中して子どもの存在が眼中にないような状況です。このような状況のもとでは、子どもがすぐそばにいても、子どもの様子や気持ちに鈍感になってしまって、子どもからの発信に適切に応えられなくなっているのです。

近接分離の例は、街で見かける子どもと親に目を向けてみるとたくさんあります。 レストランでの家族連れの中で周りの人が話しに夢中になっているときにぽつんと、たいくつそうに、うつろな目をして回りを見ている子どもの姿。 赤ちゃんが泣き叫んでいるのに、何が問題かを調べないで、ただひたすらベビーカーをゆすって泣きやませようとしているお母さん。 携帯やスマホに夢中になっている足元で寂しそうだけれど、半分あきらめたような顔をしている子どもを見ると、寄り添ってもらえない子どものつらさを感じて、心が痛みます。

親が気づかずにしていることの代償があまりにも大きさことを知っている私は、しばしば放ってはおけない気持ちになります。

*ガポール・マテ「身体が『ノー』と言うとき」日本教文社/2003年