ぼくはスマホになりたい

「ぼくはスマホになりたい」という子どもの作文がSNSで話題になっていると聞き、その作文を衝撃的な思いで読みました。

http://spotlight-media.jp/article/234260423402739463

シンガポールの小学生が書いた「自分の願い」についての作文を、たまたま実の母親が目にします。そこにはこう書いてありました。

ぼくの願いはスマートフォンになることだ。ママとパパはスマートフォンが大好きだから。
ママとパパはいつもスマートフォンの事ばかり気にして、僕のことを気にしてくれない。
パパは疲れて帰ってきても、スマートフォンのための時間はあるけど僕のための時間はない。
ママとパパは、大切な仕事をしている時でも電話が鳴ったら、すぐに電話を取る。ぼくが泣いていても、気にかけてはくれないけど・・・。
ママとパパは、ぼくとではなく、スマートフォンで遊ぶ。ママもパパも、電話で話しているときは、ぼくが大切なことを伝えようとしても、決して話を聞いてはくれない。
だから、ぼくの願いはスマートフォンになることだ。

親は深い考えなしに、日常的にスマートフォンやタブレット端末を使っています。

実際に日本でもアメリカでも、ベビーカーを引きながらスマートフォンに夢中になっている母親や、子どもの手を引きながら携帯電話で話をしている親をしばしばみかけます。

サンフランシスコでは幼児の世話をしていた叔母さんが、子どもの手を放して携帯でメールをしている最中にその子どもがフラフラと交差点へ出て車にはねられて死亡するという悲劇さえ起きました。

一緒にいてもスマートフォンにばかり夢中になっている親の姿は、子どもからどのように見えるかを想像してみてください。

子どもにとって一番身近で自分を大事にしてくれるはずの親が自分に関心を向けてないということは「自分は価値がなく、親から愛されるに値しない存在だ」という理解となって心に刻まれていきます。

子どもはどうしたら親の関心を自分に向けることができるのか、深刻に悩んでいるのです。自分がスマートフォンになり代わってでも親の関心や愛情が欲しいのです。

そして、求めても、求めても得られない怒りを内にため込み、次第に人と関わることをあきらめ、空虚な心を別の物でうめようとします。一度このようにしてできてしまった心の問題を治すことは非常にむずかしく、親子ともに大きな負担がかかることになります。

もう一度自分の価値観をみなおしてみましょう。

自分にとって何が大事なのか、子どもとどんな関係でいたいのか。

大切な子どもの心を失ってしまう前に、気がついた今が何かを変えるチャンスです。